私が愛犬を生かしているのではなく、愛犬が私を生かしているのだ【神野藍】
神野藍 新連載「揺蕩と偏愛」#10
◾️5年前に私を灰色の世界から救ってくれた
5年前犬と出会ったとき、私の世界は灰色だった。
現実か夢か判別のつかない時間の中で、ただただ目の前に起こることをやり過ごすことで精一杯だった。笑いすぎて張り付いた表情が私の底に追いやった全てを隠し、緩やかに終わりのない場所に向かって歩いていくだけの日常。何か一つでも歯車が狂い、精神が折れてしまったら、私はもう光の当たる場所に戻ってこられない気がしていた。
どこか地に足がつかない私をこの世界に引き戻してくれたのが、犬だった。抱き抱えたあの瞬間から、命の温もりだけが私を現実へと繋ぎ止めている。
私が犬を生かしているのではなく、犬が私を生かし続けている。真っ直ぐに歩けるのも、澱んだ感情に飲み込まれることなく自分に向き合えているのも、全てこの小さな生き物のおかげだ。

手がすぐに届くような距離感で犬と暮らすのは今回が初めてだ。私が執筆しているときは静かに足元で眠り、パソコンから目を話すとすぐに飛び乗ってくる。夜寝るときは身体の一部を私の身体のどこかとぴったりと重ね合わせてくる。私が静かに落ちている日は流れた液体を舐め取り、無かったことにしようとしてくれる。
こんなにも感情豊かなことも、それを分かりやすく何かで訴えてくるということも、全て初めて知った。それと同時に、私の中に少なからず母性本能が備わっている、ということも新たな気づきだった。
犬と一緒に過ごすようになってから、人間の子どもを可愛いなと思えるようになった。それまでは「なんか存在しているな」と思うぐらいで、良くも悪くも感情を抱くこともなかったし、そもそも興味がなかった。犬は私に新しい世界を見せてくれるようになった。
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✴︎目次✴︎
はじめに
#1 すべての始まり
#2 脱出
#3 初撮影
#4 女優としてのタイムリミット
#5 精子とアイスクリーム
#6 「ここから早く帰りたい」
#7 東京でのはじまり
#8 私の家族
#9 空虚な幸福
#10 「一生をかけて後悔させてやる」
#11 発作
#12 AV女優になった理由
#13 セックスを売り物にするということ
#14 20万でセックスさせてくれませんか
#15 AV女優の出口は何もない荒野だ
#16 後悔のない人生の作り方
#17 刻まれた傷たち
#18 出演契約書
#19 善意の皮を被った欲の怪物たち
#20 彼女の存在
#21 「かわいそう」のシンボル
#22 私が殺したものたち
#23 28錠1シート
#24 無為
#25 近寄る死の気配
#26 帰りたがっている場所
#27 私との約束
#28 読書について1
#29 読書について2
#30 孤独にならなかった
#31 人生の新陳代謝
#32 「私を忘れて、幸せになるな」
#33 戦闘宣言
#34 「自衛しろ」と言われても
#35 セックスドール
#36 言葉の代わりとなるもの
#37 雪とふるさと
#38 苦痛を換金する
#39 暗い森を歩く
#40 業
#41 四度目の誕生日
#42 私を私たらしめるもの
#43 ここじゃないどこかに行きたかった
#44 進むために止まる
#45 「好きだからしょうがなかったんだ」
#46 欲しいものの正体
#47 あの子は馬鹿だから
#48 言葉を前にして
#49 私をほどく
#50 あの頃の私へ
おわりに